大判例

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東京高等裁判所 昭和43年(ネ)1424号 判決 1970年9月22日

控訴人

右代表者法務大臣

小林武治

右指定代理人

山田二郎

ほか三名

更生会社富士アイス管財人

被控訴人

瀬崎憲三郎

右訴訟代理人

野村雅温

ほか一名

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取消す。控訴人が更生会社株式会社富士アイスに対し一億二、〇〇〇万円の更生債権を有することを確認する。訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張ならびに証拠の提出、援用および認否は、次のとおり附加し、補充するほか、原判決事実摘示のとおりであるから、これを引用する(但し、原判決七枚目―記録三〇丁―裏八行目に「振り出した」とあるのを「振り出し、同会社を代表して受け取つた」と改め、原判決九枚目―記録三二丁―裏七行目に「対す貸金」とあるのは、「対する貸金」の、原判決一二枚目―記録三五丁―表九行目に「乙号各証」とあるのは「甲号各証」の各誤記であるから、そのように訂正する。)。

一  控訴代理人は、次のように述べた。

1  株式会社富士アイス(以下、「更生会社」という)の原判決添付目録第一記載の約束手形五通(以下、「本件手形」という)および原判決添付目録第二記載の約束手形五通(以下、「旧手形」という)振出当時における取締役六名のうち、右振出行為の利害関係人として議決権を有しない早川慎一を除外すれば、残る取締役は五名であり、そのうち名目上の取締役で更生会社の業務執行に全く関与していない太田兵衛、加賀山之雄、清水賢治は手形取引の安全と具体的妥当性の点から無視してもよいからこの三名を除外すると残る取締役は古賀祐光、野口順太郎両名であるが、右両名は本件手形および旧手形の振出を承認している。更生会社の昭和四〇年三月三一日当時における株主は五八名、発行株数は一六〇万株であるところ、古賀祐光は、自己名義の四一万六、二六五株のみではなく加賀山之雄名義の八万四、〇〇〇株、七尾菊良名義の二万株、安野安名義の二三万八、八九九株の実質上の株主であり、合計七五万九、一六四株という発行株数の47.44パーセントを占める持株と自己の支配下にあるその他の株式により、更生会社の株主総会を通じてその監督命令に服する取締役会とその構成員とを全面的に支配し得る権能を掌握しており、株主総会を開いて本件手形振出承認の可否につき決議を求めた場合承認されることが推測できたのであるから、このような事情の下で、前記のように利害関係ある取締役、名目取締役を除いた残る取締役古賀祐光、野口順太郎両名が本件手形の振出を承認したからには取締役会の承認があつたということができる。

2  そうでないとしても、本件手形および旧手形の各所持人である株式会社森脇文庫(以下、「森脇文庫」という)は、このような更生会社の業務執行の実情から更生会社が「話は決まつているから、取締役会の決議録はあとで持参する。」というのを信じ本件手形は辰美産業株式会社を通じ、旧手形は東京証券土地株式会社を介して取得したものである。以上のとおり、本件手形および旧手形について、更生会社の実質上業務執行を担当する取締役がその振出を承認し、他の取締役は名目上の取締役に過ぎず、他方森脇文庫が善意取得したことを考えあわせれば、森脇文庫の善意取意をこそ保護すべきである。

3  仮に、森脇文庫が本件手形の振出につき更生会社取締役会の承認のないことを知らなかつたことに重大な過失があつたとしても、控訴人は、昭和四〇年七月一四日本件手形を差し押えた当時、立会人森脇肇から本件手形が振出につき更生会社取締役会の承認を要する手形であることも、取締役会の承認を得ていないかも知れない疑のある手形であることも告げられず、取締役会の承認がないことを知らないで本件手形を差し押え、本件手形に対する取立権を取得したものであるから民法九四条二項の類推により更生会社は第三者である控訴人に対し本件手形の無効をもつて対抗することができない。

4  仮に、3の主張が認められないとしても、更生会社発行株式の過半数の権利者である取締役古賀祐光は取締役野口順太郎とともに本件手形の振出に同意していたものであつて右振出につき更生会社自体に過失があるから、更生会社自ら振出が取締役会の承認のない無効のものであることを主張することはできない。

5  被控訴人は、更生会社がその取締役である早川慎一の代表する東京証券土地株式会社に対して旧手形を振り出すにあたり、他の取締役が更生会社を代表して振り出したとしても、更生会社取締役会の承認がない以上、振出が無効であると主張する。しかし、そうとすれば、手形行為の利害関係人に振出、受取両会社の取締役兼任の有無確認を強いるという不当な結果となるであろう。

6  東京証券土地株式会社を売主とし、更生会社を買主とする土地売買契約が被控訴人主張のとおり虚偽表示であるとしても、更生会社は右売買契約の無効をもつて善意の第三者である森脇文庫および控訴人に対抗することができない。

二  被控訴代理人は、次のように述べた。

1  取締役会は、株式会社の運営を民主化するために会議体を必要とするところから設けられたものであるから、各取締役個人の同意は問題でなく、会議の同意決議がない本件のような場合取締役の承認を得たということはできない。

2  旧手形は、早川慎一が東京証券土地株式会社を代表して受け取つたものである。

3  本件手形および旧手形の各振出はいずれも早川慎一が東京証券土地株式会社を代表して自己が代表取締役を兼ねている更生会社から受けたものであるから、振出につき更生会社取締役会の承認決議がない以上、森脇文庫が前記各手形を承認のないことを知らないで取得したとしても更生会社は各手形の振出の無効をもつて森脇文庫にしたがつて差押により本件手形の取立権を取得した控訴人に―控訴人に対しては旧手形無効を本件手形無効の理由として―対抗することができる。

4  仮に、3の主張が認められないとしても、森脇文庫は本件手形および旧手形をいずれも振出につき更生会社取締役会の承認がないことを知りながら取得したものであるから、更生会社は各手形の振出の無効をもつて森脇文庫に、したがつてまた控訴人に、3と同様に対抗することができる。

5  一3の主張事実中控訴人がその主張する差押当時本件手形振出に取締役会の承認がないことを知らなかつたことは認める。

6  仮に、控訴人主張の熱海市網代所在の土地の売買契約が締結されたとしても、右契約は虚偽表示によるものであるから無効である。すなわち、東京証券土地株式会社は、更生会社と通謀の上、債務のない更生会社に東京証券土地株式会社あて旧手形を振り出させ、これを同会社の他に対する債務の支払に充てるため更生会社が東京証券土地株式会社から土地を買い入れその代金支払いのため旧手形を振り出したかの如く記載した確認書を差し入れ売買契約をしたかのように仮装したものである。

7  仮に、6の主張が容れられないとしても、控訴人主張の前記土地売買契約の締結にあたつては、更生会社の代表取締役と東京証券土地株式会社の代表取締役とを兼ねている早川慎一が売主、買主双方を代表し、仮にそうでなく買主である更生会社は専務取締役古賀祐光が代表したものであつて、右売買契約の締結には更生会社取締役会の承認を要するところ、右承認がないから、右売買契約は無効であつて、更生会社は東京証券土地株式会社に対し右契約に基づく代金債務を負わない。

三  証拠として<以下―略>

理由

一控訴人が昭和四〇年七月一四日森脇文庫に対する滞納租税債権徴収のため国税徴収法五六条により同文庫の所持する本件手形を差し押え、これを占有したこと、本件手形の振出人である更生会社は同年八月二一日東京地方裁判所において更生手続開始決定を受けたので控訴人が所定の手続に従い本件手形債権一億二、〇〇〇万円の更生債権として届け出たところ、同年一一月二〇日の債権調査期日において更生会社の管財人である被控訴人から異議が述べられたことは、いずれも当事者者に争いがない。

二そこで、本件手形振出が更生会社代表取締役早川慎一により同人が代表取締役を兼ねている会社に対してなされたのに取締役会の承認がないから、振出人である更生会社は、差押によつて本件手形を取得した控訴人に対しても本件手形金の支払義務を負わないという控訴人の抗弁について判断する。

本件手形が、いずれも、当時更生会社の代表取締役であつた早川慎一により、更生会社を振出人として、同人が代表取締役を兼ねている東京証券土地株式会社を受取人として振り出されたものであることは当事者間に争いがない。そして、<証拠>によれば、早川慎一は東京証券土地株式会社を代表して本件手形の振出を受けたことが認められる。控訴人は、早川慎一は東京証券土地株式会社の名目上の代表取締役に過ぎず、実質的に同会社を代表して本件手形の受取人となつたものではないと抗争し、<証拠>によれば、東京証券土地株式会社は商号を東京証券金融株式会社と称していた当時から坂内ミノブが事実上主として、経営の衝に当つていたことが認められるが、原審証人松隅孝雄の供述によつて認められる本件手形振出当時早川慎一が連日東京証券土地株式会社に出社していたことを考えあわせると、未だ前認定を覆えすに足らず、ほかにこれを動かすだけの証拠はない。ところで、手形の振出人は、手形の振出によつて原因関係とは別の、抗弁を切断され挙証責任の転換された、手形債務をあらたに負担するのであるから、約束手形の振出を一般的に商法二六五条にいわゆる取引にあたらないということはできず、東京証券土地株式会社および更正会社の各代表取締役である早川が東京証券土地株式会社を代表して更生会社から本件約束手形の振出を受ける以上、早川は東京証券土地株式会社のために自己が取締役である更生会社から約束手形の振出を受けるのであるから、特段の事情がない限り、更生会社取締役会の承認を必要とすると解すべきである。ところが、本件手形の振出につき更生会社取締役会の承認決議がなされたことを認めるだけの証拠はない。控訴人は、本件手形振出当時の更生会社取締役のうち利害関係ある取締役、名目取締役を除いた残る取締役は古賀祐光、野口順太郎両名に過ぎず、右両名は本件手形の振出を承認したから、取締役会の承認があつたというべきであると主張する。しかし、株式会社の取締役会は取締役によつて構成される会議体であつて構成員による意見の交換と討議とを通じて会社の業務執行の意思決定をさせ、またその執行を監督させようとする制度であり、統一的意見に達するため論議をつくす過程が重要であるから、取締役は自ら会議に出席して決議に加わらねばならず、各取締役個人の同意があつたとはいえない。したがつて、たとえ、利害関係ある取締役を除く全取締役が承認したところで取締役会の承認があつたとはいえないから、控訴人の右の主張は、主張自体理由がないというべきである。さすれば、本件手形振出については、商法二六五条にいわゆる取締役が第三者のために会社と取引をするときとして更生会社の取締役会の承認を必要とする場合であるのにこれを欠いていたものであるといわなければならない。

控訴人は、商法二六五条は、取締役に対する命令規定にすぎないから、これに違反しても、その取引の効力には影響がないと主張し、被控訴人は同規定を善意の第三者に対しても対抗しうるものとする効力規定であると主張する。しかし、第三者がその目的物を譲り受けた場合には取引安全の見地に基づき善意の第三者を保護する必要があるから、会社はその取引につき取締役会の承認を受けなかつたことを第三者が知つていることを主張し、立証して始めてその無効を対抗できるものと解するのが相当である(最高裁判所大法廷昭和四二年(オ)第一三二七号同四三年一二月二五日判決・民集二二巻一三号六五八頁以下多数意見および大隅裁判官の補足意見参照)。森脇文庫が本件手形を辰美産業株式会社を通じて取得したことは被控訴人の争わないところである。そこで、森脇文庫が本件手形を、振出につき更生会社取締役会の承認がないことを知つて取得したから、振出人である更生会社は差押によつて本件手形の取立権を取得した控訴人に対しても本件手形金の支払義務を負わないという被控訴人の抗弁につき判断する。<証拠>によれば、本件手形取得当時森脇文庫は、手形取得の際、振出人が会社であつて、その取締役または、その代理もしくは代表する第三者が受取人、裏書人である手形については取締役会の承認が必要であるとしてその決議録を同時に提出させる取扱をしていたので旧手形書換のため本件手形を取得する際にも(本件手形が旧手形の書き換え手形であることは当事者間に争いがない)、森脇文庫の担当者森脇肇は、更生会社に対し取締役会の承認決議録を請求したが、更生会社側は取締役会の承認はあつたから決議録は間もなく持参するといいながらこれを持参しなかつたため、森脇文庫は旧手形を返還しなかつたことが認められる。右の事実によれば、他に特別の事情が認められない限り、森脇文庫は、本件手形取得当時、その振出について更生会社取締役会の承認がないことを知らなかつたものというべきである。

次に控訴人は、本件手形は更生会社が東京証券土地株式会社に対して振り出した旧手形の書き換え手形であつて旧手形は振出に更生会社取締役会の承認を要せず、そうでないとしても、取締役会の承認決議があり、そうでないとしても森脇文庫によつて善意取得されたものであるから、旧手形と同一性を有する本件手形について更生会社はその支払を拒み得ないと主張する。本件手形が旧手形の支払い延期のため振り出されたいわゆる書き換え手形であることは前記のとおりであり、このような場合、他に特別の事情が認められない限り書き換え手形は旧手形と同一性を有するものと解されるから、旧手形につき控訴人主張のような事情があれば、更生会社はその書き換え手形である本件手形の支払いを拒むことができないと解すべきである。よつて、以下旧手形につき控訴人主張の事実を順次検討する。<証拠>によれば、更生会社および東京証券土地株式会社の代表取締役を兼ねている早川慎一が東京証券土地株式会社を代表して更生会社から旧手形の振出を受けたことが認められるから、振出につき更生会社取締役会の承認を必要とするというべきであり、更生会社が他の取締役古賀祐光によつて代表されたことは右の結論を左右するものではないから、二会社の代表取締役を兼ねている者が一方の会社を代表して他方の会社とした手形振出である以上商法二六五条の適用がないという控訴人の所論は採用のかぎりではない。なお、控訴人は、このような解釈をすれば、手形行為の利害関係人に手形の振出、受取両会社の取締役兼任の有無確認を強いる不当な結果となるであろうと主張する。しかし、代表取締役の代表する相手方に対して会社の振り出した手形を取得した者に対しては取得者が悪意であるときにかぎり右無効の主張を許すという解釈を採れば取得者は不測の損害をおそれる必要はないから控訴人の危虞は杞憂となろう。当裁判所が旧手形についてもこの解釈を採ることは後に説示するとおりであるから、控訴人の右の所論はこれを採用することができない。さらに、旧手形が更生会社の東京証券土地株式会社に対する土地代金の内払いのために振り出されたものであるから商法二六五条にいわゆる取引に該らないという控訴人の主張に対する当裁判所の事実認定およびこれに対する判断は、原判決が説示するところ(原判決一七枚目―記録四〇丁―表九行目「次に」から原判決一八枚目―記録四一丁―表八行目「理由がない。」まで、但し原判決一七枚目―記録四〇丁―裏四行目「もつとも」の後に「前顕甲第三三号証」を加える。)と同一であるから、これを引用する。以上のように旧手形の振出についても商法二六五条によつて更生会社の承認決議を要するにかかわらず、旧手形の振出につき更生会社取締役会の承認決議がなされたことを認める証拠はなく、かえつて、原審証人稲田恵蔵の供述によれば、右決議のなされなかつたことが認められる。控訴人は旧手形振出についても当時の更生会社取締役会を構成する六名の取締役中利害関係ある取締役、名目取締役を除いた古賀、野口両名の承認がある以上、取締役の承認があつたというべきであると主張するが、右主張の理由がないことは本件手形振出につきさきに説示したところと同様である。

旧手形の振出についても控訴人は、商法二六五条は取締役に対する命令規定であるに過ぎないと論じ、被控訴人は商法二六五条は、善意悪意にかかわらず第三者に対しても無効をもつて対抗し得る効力規定であると駁するが、商法二六五条が悪意の第三者に対してのみ対抗し得る効力規定であることは、本件手形振出につき既に説示したとおりであるところ、森脇文庫が東京証券土地株式会社を通じ旧手形を取得したことは被控訴人が明らかに争わないから、旧手形取得の際森脇文庫が振出につき更生会社取締役会の承認がなかつたことを知つていたか否かについて検討する。<証拠>に前叙の事実ならびに弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができる。

1  森脇文庫は、旧手形取得当時既に振出人が会社であつて、その取締役またはその代理もしくは代表する第三者が受取人、裏書人である手形を取得するにはその振出を承認する旨の会社取締役会の決議録を同時に徴する取扱をしていた。

2  森脇文庫代表取締役森脇将光は、かねて、早川慎一とかなり古くから知り合いであり、同人が東京証券土地株式会社代表取締役に就任後は同会社と同人の共同振出の手形をしばしば割引し、同会社の債務を決済するため旧手形についても当初は更生会社および同人に対し更生会社と同人との共同振出の手形を要求していた。

3  ところが、早川は自ら手形の共同振出人となることなく、古賀祐光の反対を押し切り、東京証券土地株式会社との間になんら原因関係のない更生会社を代表して古賀に旧手形を振り出させた。

4  しかし、森脇将光は旧手形取得当時早川慎一が更生会社の代表取締役であることを知つていたが、旧手形が代表取締役早川慎一によつてではなく、専務取締役古賀祐光によつて振り出され、早川の更生会社代表者である更生会社との関係が手形上にはあらわれていなかつたので、旧手形振出につき更生会社取締役会の承認のあつたことを明らかにする決議録を徴しないで、旧手形を取得した。

<反証排斥>。以上の事実関係の下においては、森脇したがつて森脇文庫は、振出につき更生会社取締役会の承認がないことを知らないで、旧手形を取得したと推認するのが相当である。さすれば、その余の点について判断するまでもなく、更生会社は旧手形の振出につき取締役会の承認がないことを森脇文庫に対して対抗することができないといわなければならない。

被控訴人は、更生会社が東京証券土地株式会社に対し対価なくして本件手形を振り出し、森脇文庫はその事情を知りながらこれを取得したものであると主張する。しかし、更生会社が第三者に割り引かせて金員の融通を得させる趣旨で本件手形を振り出したことは、被控訴人の自認するところであり、本件手形がその趣旨どおりに利用された結果、これを取得した第三者である森脇文庫に対しては、同文庫が融通手形であることを知つて本件手形を取得したとしても、更生会社は、本件手形の支払を拒絶することができないから、被控訴人の抗弁は理由がない。

さらに、被控訴人が、「本件手形は、森脇文庫が辰美産業株式会社から割引きを依頼されて白地裏書により譲渡を受けながら金銭を支払わず、もしくはその支払を得たと同一の効果を受けさせていないから、森脇文庫は本件手形上の権利を有する正当な所持人でない。」と主張するのは、「本件手形は、森脇文庫が辰美産業株式会社から割引きを依頼されて白地裏書と交付とを受けながら金銭を支払わず、もしくは、その支払を得たと同一の効果を受けさせていない旧手形の書き換え手形であるから、森脇文庫は旧手形したがつて本件手形上の権利を有する正当な所持人ではない。」という趣旨を含むというべきであるから、この点につき判断する。本件手形が旧手形を書き換えたものであることは前記のとおりであり、<証拠>によれば、東京証券土地株式会社は他から割引により資金を得る目的で更生会社から白地裏書とともに旧手形の交付を受け、これを辰美産業株式会社に割引を依頼して交付したが、同会社は自ら割引をせず、さらに原判決添付目録第二(一)、(二)の手形については白地裏書により、同(三)、(四)、(五)の手形については白地裏書をすることなく、森脇文庫に割引を依頼して交付したが森脇文庫は、対価を交付しないでこれを所持していたことが認められる。原審証人森脇将光(第一回)の供述中右手形を辰美産業に対する債権の担保として取得した旨の右認定に反する部分は採用することができず、ほかにこれを動かすだけの証拠はない。控訴人は、対価不交付の人的抗弁をもつて対抗し得るのは森脇文庫に対し割引を依頼した辰美産業株式会社であつて振出人は右抗弁を援用することができないと主張する。しかし、本件のように割引によつて資金を得る目的で振出交付され、順次割引依頼に白紙裏書を伴いまたは伴わない交付とにより手形の所持が移転した場合には、割引の依頼を受けた者は、手形上の権利者たる地位を有するとはいえ、対価を交付しないかぎりいずれの手形債務者からも、その手形金の支払を受くべき正当な利益を有しないから、対価不交付の人的抗弁は、直接割引を依頼したものばかりでなく、振出人も所持人に対し対抗し得るものというべきであり、所持人に対して旧手形の支払を求めるのは、正当な権利行使とは認められず権利の濫用であつて許されない。したがつて、旧手形の振出人である更生会社は森脇文庫に対し旧手形とその書き換え手形である本件手形につき、対価不交付を主張してその支払を拒み得る筋合であるので、国税徴収法五六条の差押により本件手形の取立権を取得した控訴人に対しても、同様の理由で本件手形の支払を拒絶し得るといわなければならない。

三よつて、被控訴人のその余の主張について判断するまでもなく、控訴人の本訴請求を失当として棄却した原判決は結局相当であり、本件控訴は理由がないから、民訴法三八四条一項によつてこれを棄却することとし、控訴費用は同法八九条九五条により控訴人に負担させることとして、主文のとおり判決する。(西川美数 園部秀信 森綱郎)

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